「カルメンの死」(横溝正史)

読み手は大いに幻惑させられます。

「カルメンの死」(横溝正史)
(「幻の女」)角川文庫

声楽家の早苗と豊彦の
結婚式に届いた
大きな白木の箱のすき間から
流れ出る真っ赤な血。
箱の中には花嫁衣装姿の
先輩歌手・八千代の
刺殺死体が入っていた。
八千代は豊彦の師であり、
二人は師弟を越えた関係を
それまで続けていた…。

いつもの相棒・三津木の登場しない、
由利先生のみの短篇作品です。
したがって三津木の役割である
冒険や活劇的な要素は
まったくありませんが、
読みどころは豊富です。

本作品の味わいどころ①
歌劇「カルメン」にも似た愛憎劇

年増の八千代は若い弟子の豊彦を、
師弟関係をいいことに
色仕掛けで関係を続けていたのです。
ところが豊彦は
歌劇「カルメン」で共演した
若い歌手・早苗との間に
真実の愛情を育むのです。
その「カルメン」では主人公を八千代、
カルメンの色仕掛けに翻弄される
ドン・ホセ役を豊彦、
そのドン・ホセを心から慕う女性・
ミカエラ役を早苗が演じていたのです。
歌劇同様に、カルメンを殺したのは
ドン・ホセ役の豊彦なのか?
読み手は大いに幻惑させられます。

本作品の味わいどころ②
食い違う関係者の証言

死体発見現場で行われた関係者の証言は
ことごとく食い違います。
豊彦・早苗・八千代とともに
「カルメン」で共演した
バリトンの小泉は、
実は今日自分と八千代が結婚する
予定だったっことを証言します。
しかし八千代のパトロンである大原は、
八千代が自分に相談も報告もせず
結婚に踏み切ることなど
考えられないと言い切ります。
豊彦は豊彦で、
八千代が実はまだ未練を断ち切れずに、
早苗との結婚をあきらめ、
自分とよりを戻すように
迫ってきたことを証言します。
誰の言動が正しく、
誰が嘘をついているのか?
読み手は大いに幻惑させられます。

本作品の味わいどころ③
花嫁・早苗の謎めいた行動

どう考えても殺人を
犯すように思えない早苗が、
作品冒頭から不可解な行動ばかり
引き起こします。
そして死体発見の直後、
彼女は行方をくらますのです。
確かに殺された八千代は
豊彦をそれまで愛欲の泥沼に
引き込んでいた女ですが、
果たして早苗が殺したのか?
読み手は大いに幻惑させられます。

大いに幻惑させられたあと、
事件は急転直下の様相で
解決に向かいます。
昭和25年発表の本作品、
由利・三津木シリーズとしては
後期の作品に属します。
そのためか何でもありの奇抜な趣向は
鳴りを潜め、
本格探偵小説の色濃い作品に
仕上がっています。
どちらかというと東京を舞台にした
金田一耕助ものに近い味わいです。
その後、
横溝は由利・三津木シリーズを打ち切り、
金田一ものに
執筆を収斂させていくのです。
二人の名探偵を使い分けることが
できなかったのは、
横溝の作風の変化によるもの
だったのでしょう。

(2018.9.24)

Alex YomareによるPixabayからの画像

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